自分への投資って言葉を使うときは大抵浪費だよねって話

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どうも皆さんこんばんは。

お金を増やす上でどうしても避けては通れないものが資産運用です。

日常においても、それが投資になる場合とそうではない場合が往々にしてありますよね。

自分への投資という甘い言葉

僕は社会人として働いている中で、腐るほどこの言葉を聞きます。

ステップアップのためにお金をかけてセミナーに行ったり、知識の向上のために書籍を買ったり、美容のためにお金を使ったり、体験やサービスにお金を支払うといったことがあげられます。

これらの言葉を聞くたびに僕は疑問に思うのです。

果たしてそれは本当に投資なのか?と。

知識を向上させるということはとても素晴らしいことです。

人が思考を持ち、文字、紙を発明し、印刷機を発明し、インターネットが普及しました。

それらが起こるたびに人類は劇的な進歩を遂げたことは言うまでもありません。

人類にとって知識は複利で増えましたし、個人をとっても知識は力であり、情報収集をすることは非常に重要だと考えます。

しかしながら、僕の周りにいる人々が使う投資という言葉には違和感を感じざるを得ません。

むしろ資産運用をしている人間であれば、誰もが首をかしげるような”自分への投資”を垣間見ることが多いです。

本当にリターンを追い求めて彼らは資金を投じているのでしょうか。

例えば、旅行系のアクセスを多数集めるブロガーが情報を発信するために海外へ行くことはかなり理に適っています。

そこで得られた知見を記事にして、そこから収益を得る…という流れが垣間見えます。

一方で、通常のサラリーマンが”世界を見ることは重要で将来的に自分への投資になる”と言って海外へ行くことが、果たしてリターンを生むのでしょうか。

つまり金銭的なリターンを産むようなプランがあって、その目的を達成するための行動を指して”これは投資だ”というのであれば納得がいきますが、そうではない投資が多いです。

まとめ

日常の生活での揚げ足取りになっていますが、言葉は非常に重要です。

自分から吐き出した言葉は、いずれ自分に跳ね返ってきます。

安易に自分への投資という言葉を用いても、それが本当に投資ではない可能性があるのです。

嘘の言葉を自分に吐き続けても効果は望めないでしょう?

本当の意味での投資をしたいものです。

それでは。

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