高齢者の定義を変えても本質は変わらない

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どうも皆さんこんばんは。

ブルームバーグの記事に目が惹かれたのでご紹介。

 現代日本では「75歳以上」が妥当ー。こんな提言が学会から上がっている。現在出版されている国語辞典の多くは高齢者を「65歳以上」と定義。公的年金も現在は65歳を標準的な受給開始年齢とする制度に移行している。

提言したのは日本老年学会と日本老年医学会。今年1月、65-74歳を「准高齢者」、75-89歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」とする新たな定義区分を公表した。既成概念を変えることで、「従来の定義による高齢者を、社会の支え手でありモチベーションを持った存在」として捉え直し、超高齢化社会を「明るく活力あるものにする」と意義付けている。縮小を続ける生産年齢人口は、この提言に基づいて再定義すると大幅に増える。

騙しても本質は変わらない

皆さんはこの記事を読んでどう思われたでしょうか。

僕は「この国は、体力も無くなった老人をまだ働かせる気なのか」と思いました。

年金受給資格の年齢は引き上げて、定年は延長しても良いってこと?

定義を変えて、元気な高齢者にも働いてもらって彼らも生き甲斐が得られてハッピー!

果たして本当にそうでしょうか。

定義上生産年齢人口変えたからって実際に今ある問題が解決するわけではないです。

この提言は本質的に無意味です。

60代が職場に戻ってきても困る

僕は同年代のみならず、30~50代の方達と働いていますが、やはり定年手前の方達は素早く仕事をこなせるような機動力はもう持ち合わせていません。

経験は確かに豊富です。非常に役立つときが多い反面、大きく時代が移り変わる中で余計な知識を持っているなと思うこともあります。

中には新しい技術を率先的に取り入れて頑張っている方もいらっしゃいますが、そんなの一握りです。

ここに先述した高齢者達が更に入ってこられても現場は混乱するだけじゃないでしょうか。

お互いにとって不利益なのは目に見えています。

大事なのは定義を変えることではない

この学会が何を思ってこんな提言をしたのか推し量ることは難しいです。

政治的な圧力でもあったのでしょうか。

僕から言わせれば、今大事なのは定義を変えることではなく、定義を維持することです。

その上で、だからこそ子供が必要なのだと日本に警告を発信すべきだと思います。

まとめ

国というものは人から成り立っています。

人からしか人を生むことができません。

給料が低いから結婚できない。保育園が五月蝿いから近所に立てるな。子供にはお金がかかる。

子供が育て辛い環境に日本は傾いてきています。

高齢者が増えているため、彼らの票取りに動く政治家は多いでしょうね。彼らの発言を無視すれば自分が失墜するのですから。

その子供ができない、作らない理由のせいで将来の自分の首を締めているような気がするのは僕だけでしょうか。

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